ディープインパクト〜世界最強馬〜【全レース動画まとめ】

ディープインパクト。確かに彼が、世界で一番強い競走馬だった瞬間がありました。彼のレース動画を、デビュー戦〜引退レースの有馬記念まで、解説付きで全レースまとめました。
※スマートフォンの方は、<カテゴリー別>の<レース>を選択していただくと、一覧がご覧になれます
※動画はYoutubeより
 

カテゴリー:レース

2004年12月19日

新馬戦〜33.1の衝撃〜






2004年12月19日、日曜日。阪神競馬場第5レース芝2000m。

1頭の競走馬がデビューした。

名前はディープインパクト。調教師は池江泰郎、鞍上には武豊。
馬体重は452kg。牡馬としては小柄である。

単勝オッズは1.1倍を示していた。
根拠は血統であり、騎手であり、CWで77.8という破格のタイムを叩き出した調教。
しかし、馬券購入者は、その馬がこれから起こすであろう何かを感じていたのかも知れない。

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ゲートが開いた。
ディープインパクトは良いスタートから、スムーズに5番手につけ、折り合っていた。
3コーナーから4コーナーへかけ番手を上げていき、直線に入る所で先頭に並びかける。


衝撃はそこからだった。

武豊の手綱はほとんど動かない。

正しく「他の馬が止まったかの様に」大外を突き抜けていく。

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過去にも衝撃の新馬戦はあった。

例えばアグネスタキオン
スキップをする様にゴールを突き抜けてく様は、誰しもが只者では無いと確信した。

例えばエルコンドルパサー
最高方から直線だけで7馬身ぶっちぎったこの馬に、世界を見た者がいただろう。


しかし、歴代のどの名馬とも違った。



「日本から世界最強馬が誕生する」



それ程の衝撃だった。

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上がり3ハロンは33.1。
これには目を疑った。

何かの間違いだろう?後で訂正されるんじゃないか。

新馬戦でそんな上がりを記録する馬なんているはずが無い。


その日の9レース、同じ2000m、1600万下。勝ち馬は最速の上がりを記録し、その数字は34.0。
その日の11レース、1600m、GU。同じく勝ち馬は最速の上がりを記録し、その数字は34.3。


ディープインパクトの33.1という数字は、その日が終わっても訂正されなかった。

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武豊は、レース後こう言った。



「ワクワクしますね。」



それは、競馬ファンの思いと同じだった。


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2005年01月22日

若駒ステークス〜衝撃は確信へ〜






ディープインパクトの2戦目には、年明けの若駒ステークスが選ばれた。

前年には兄のブラックタイドが、同じく鞍上武豊を背にこのレースを制していた。

メンバーには、インプレッションやアドマイヤコングといった、
ディープインパクトと同じく、サンデーサイレンス産駒の良血馬がいた。

しかし、単勝オッズはまたしても1.1倍。ほぼ動かない。

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新馬を圧勝した馬の2戦目。

期待とは裏腹に、凡走した馬は枚挙に暇が無い。


「競馬場には、希望を遥かに上回る失望が溢れている」


河内元騎手の言葉だ。


思えば、兄のブラックタイドも新馬戦を快勝した。

2戦目は単勝1.4倍で4着。


新馬戦を8馬身差で圧勝し、ディープインパクトの再来と騒がれたオーシャンエイプスもそうだった。

2戦目は単勝1.3倍で4着。


本物なのか。

それとも、よくいる馬の1頭に過ぎないのか。

多くの競馬ファンの目が注がれていた。

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ゲートが開いた。

ディープインパクトは若干の出遅れから、最後方のポジショニングとなる。

先頭が1000m通過59.3秒のハイペースで飛ばす。

かなりの縦長の展開になった。
後方にいるディープインパクトからすると、好ましくない。

3コーナーを迎えて、1頭交わすも、4コーナーを迎えても後ろから2番手。
2番手のケイアイヘネシーはかなり楽な手応えで抜け出し掛かっている。

京都競馬場では、このような展開で、前の馬が残ることが非常に多い。

それを知るファンは、これは届かない!
そう思った人が少なくなかった。

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しかし、である。

直線を迎えた瞬間、その思いは、届く!
にすぐさま変わった。

いや、正確には、届くどころの話ではなかった。


1頭だけベルトコンベアーに乗ったかの様な早さで、先頭に立ったかと思うと、
あっという間に後続が見えなくなっていった。


タイムは2:00.8秒。
若駒ステークス史上、最速のタイムであった。


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そして、武豊はレース後こう言った。


「文句のつけようがありません。」

「皆さん以上に、僕が楽しみです。」




武豊が、ファンが、この馬の未来を確信していた。







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2005年03月06日

弥生賞〜競馬にならない〜





3月6日。
中山競馬場は雪もちらつく真冬の寒さだった。

ディープインパクトの第3戦は弥生賞。
勝ち馬にはシンボリルドルフ、スペシャルウィークなど名馬が並ぶ。

極寒の中、前年比108.8%の52,301人が駆けつけた。


メンバーはこれまでとは段違いに強くなっていた。

前年暮れのGTを制し、2歳チャンピオンになったマイネルレコルト。

前送同コースの重賞を制した、良血馬アドマイヤジャパン。

しかし、ディープインパクトのオッズは1.2倍。

5万人を超す観衆は、確かにその馬を見に来ていた。

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ゲートが開いた。

ディープインパクトは後方から2番手に位置取り、外々を進む。

このレースのライバルであるアドマイヤジャパンは最内の3番手、
マイネルレコルトは2番手。

この日は内や前にいた馬が有利な傾向にあった。
只でさえ後ろから進める馬には好ましくないコース形態。
それまでのレースで、後方から脚を伸ばすタイプの馬は壊滅的だった。


3コーナーまで後方にいたディープインパクトは、4コーナーに掛け馬群の外を一気にまくっていく。

直線に入り、一気に先頭に立つ勢いで走る。


しかし、内を通ったマイネルレコルトも譲らない。
最内からはアドマイヤジャパンが伸びてくる。


ディープインパクトが最後にグイっと伸びた所がゴールだった。

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勝った。

タイムは2:02.8.上がりは34.1.
馬場状態や、通ったコースを考えると確かに強かった。

しかし、それまでの2戦を考えると、インパクトが小さかったのは間違いない。


武豊はどんな感触を得たのか?
本当に世界最強になれる馬なのか?

コメントが待たれた。

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武豊のコメントはこうだ。

「今回は色々と課題がありましたが、全て完璧にクリアしてくれた」

武豊らしい、いかにもソツの無い対応だった。


しかし、武豊の本音は違った。

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レースが終わった直後、武豊は蛯名騎手にこう言った。

「競馬にならんわ!」

このぐらいのメンバーでは相手にならない。

3冠は見えたも同然だった。







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2005年04月17日

皐月賞〜大出遅れ、そして初めての鞭〜






いよいよディープインパクトがGTの大舞台に立つ時がやってきた。

舞台は三冠レースの初戦、皐月賞。

前走の弥生賞とは打って変わっての好天であった。

中山競馬場の入場人員は85,146名。前年比106.2%である。


マイネルレコルとアドマイヤジャパンに加え、毎日杯(GV)を快勝した
安藤勝己操るローゼンクロイツ、良血馬シックスセンスなどが新たな敵として加わった。


弥生賞で意外な苦戦をしたことにより、人気は少し下がるかとも思われたが、
単勝オッズは1.3倍。

馬体重はデビューから減り続け、元々小柄なディープインパクトにとっては
嫌な材料だったが、大観衆は勝利を疑わなかった。

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大歓声に包まれ、ファンファーレが鳴り響く。

独特な緊張感の中、ゲートが開いた。

その瞬間。


ディープインパクトが大きく躓く。


武豊がバランスを崩し、落馬寸前になる。

ノーリーズンの苦い思い出が蘇った。


武豊は馬がケガをしていないことを確認し、指示を出す。

何とか体制を立て直し、馬群の最後方に取り付いた。


外から3頭ほど交わしていく。

前にはまだ14頭。

通常であれば絶望的な展開だ。

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兄のブラックタイドはこの前年、同じ舞台で、2番人気に押された。

しかし、同じ様に出遅れ、外を回り、16着に敗れた。



弟は大丈夫なのか?


さらに不利な状況は続く。

3コーナーにおいて、ローゼンクロイツがぶつかってくる。

「簡単に勝たせる訳にはいかない」

名手の意地が見えた。


4コーナーを向き、ディープインパクトは除々に上がってきたものの、前にはまだ7〜8頭がいる。

かなり外を回っている。ロスは大きい。

武豊の手が激しく動く。

今までになかったことだ。

さすがにこれだけの不利があっては…

ほとんどの人がそう思った。

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武豊の鞭が、4戦目にして初めて、ディープインパクトに入った。


そして。


伸びる。

次々と前の馬を交わす。

短い中山競馬場の直線など関係なしに、一気に先頭に立つ。

さらに差を付ける。

鞍上が手綱を抑え、余裕を持ってゴール版を通過した。

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少なくとも、私は。中山競馬場で、皐月賞で。

こんな勝ち方をした馬を後にも先にも知らない。


アナウンサーは思わず言ってしまった。

「武豊!三冠馬とのめぐり会い!」

そう。誰しもが、三冠。

そしてそれ以上のことを夢見た瞬間だった。

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武豊は、今や伝説になったこの言葉を初めて口にした。


「走っているというよりも、飛んでいるような感覚ですね」


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2005年05月29日

日本ダービー〜日本最強馬へ〜





日本ダービー。

全ホースマンが憧れるレース。

なぜダービーは特別なのだろうか?


売上で言えば有馬記念には敵わない。
最強馬を決めるのは天皇賞(秋)やJCだろう。
歴代の勝ち馬を見ても、皐月賞や菊花賞とそれほど差があるとも思えない。
何よりもスピードが求められる現代競馬において、2,400mという舞台設定も微妙かもしれない。


しかし。
それでも。
ホースマンは言う。
「ダービーを勝ちたい」と。


それはまるで甲子園の様だ。

松坂大輔が一番光っていた夏の様に。
松井秀喜の伝説が始まった夏の様に。

競走馬が一番輝く瞬間。


第72回日本ダービーのゲートが開こうとしていた。


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パドックでは、入れ込んで見えた。
尻っ跳ねを繰り返していた。

単勝オッズは1.1倍。
ハイセイコーが持っていた単勝支持率を塗り替えた。
つまり、歴代の日本ダービー出走馬の中で、勝つ確立が最も高いと信じられたということだ。

入場人員は140,143人。前年比114.8%
ディープインパクト人気は、最高潮に達しようとしていた。

日本一のアイドルが来場し、さらなる大歓声が巻き起こる。
場内は異常とも言える熱気に包まれていた。


そんな中。
ディープインパクトは寝ようとしていた。

武豊が必死に起こす。

本物というのは、どこまでも規格外なのだ。



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18頭が収まり、ゲートが開く。

ディープインパクトはジャンプするような形で飛び出し、出遅れる。

しかし、後方からの競馬は慣れたもので、後ろから3番手でレースを進める。


皐月賞のメンバーに、前哨戦である京都新聞杯を圧勝してきたインティライミが加わった。

そのインティライミは先頭から3番手の位置にいた。


内に潜り込んだディープインパクトは、3〜4コーナにある大欅の向こうでいつの間にか外に出る。

この辺りはさすが武豊といったところか。

4コーナーを回るところで、外から上がってくると、さらに割れんばかりの大歓声が巻き起こる。


内からコースロスを最小限にしたインティライミが抜け出した。


ディープインパクトは、直線に向きさらに大外に持ち出される。

すると、このレースが特別なものだとわかっているかの様に。
今までのどのレースよりも、鋭く伸びた。


馬群をあっという間に交わし、唯一抵抗していたインティライミも交わす。

後は独壇場だった。
1頭だけ桁違いの脚で、後続を遥かに引き離し、最高速のままゴールへ飛び込んだ。


後続とは5馬身差。タイムは2:23.3。日本ダービータイレコード。
前年のキングカメハメハも同タイムだったが、それは異常な高速馬場に加え、一杯一杯走った結果によるものだった。

このレースだけでなく、歴代の日本ダービーと比べても、ディープインパクトのレースっぷりは桁違いだった。


―日本歴代最強馬―

関係者もファンも、そう思い始めていた。


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武豊はこう言った。

「感動しています。この馬の強さに。」


浪花節なんかでは無く、ただただその絶対的な強さで人に感動を与える。

ディープインパクトとはそういう馬だった。




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2005年09月25日

神戸新聞杯〜厳しい夏を越えて〜




3歳の夏。

通常であれば、皐月賞、ダービーを戦った馬は秋に備えて放牧へ出される。

しかし、ディープインパクトは札幌競馬場で調教を積んだ。
目的は、3,000mの菊花賞へ向け、馬の後ろで「我慢」をさせること。

最強馬が、さらなる進化を遂げようとしていた。


しかし、ここで誤算が生じる。
我慢することを覚えさせた結果、ディープインパクトは直線でも他馬をなかなか抜かないようになってしまったのだ。

池江敏行調教助手は、神戸新聞杯は「惨敗も覚悟していた」と後に語っている。

1.1倍の単勝オッズとは裏腹に、実はこのレース、不安要素が満載だったのだ。

思えばあのナリタブライアンも、秋初戦はスターマン相手に苦汁をなめた。

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相手には、シックスセンス、アドマイヤジャパン、ローゼンクロイツといった春のメンバーに加え、骨折前はディープインパクト最大のライバルとされていたストーミーカフェが復活してきた。

ゲートが開いた。
ディープインパクトはまたも飛び上がるようにゲートを出て、ダッシュがつかない。

後方2番手でレースを進める。
ストーミーカフェが逃げ、1,000mを59.1秒の平均ペースで通過する。
馬群は縦長に伸びた。後方にいる馬にとっては好ましくない形だ。

ディープインパクトは残り800mからじわっと上がっていく。

残り600mのハロン棒を通過すると、一気に仕掛ける。

コーナーで一番外を回っているにも関わらず、インコースにいる馬が全く付いていけない。



直線入り口では既に2番手。

武豊が手綱を少し動かす。

先頭に立つ。

必死に食らい付こうとする後続馬を尻目に、手綱を抑えられたディープインパクトは余裕綽々でゴール板を駆け抜けた。

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陣営の心配は全くの杞憂に終わった。

夏をゆっくり過ごした馬達との差はさらに開いていた。


この馬はどこまで強くなるのか。

スタンドのざわめきは、収まらなかった。



21年振りの無敗の三冠へ向けて。

死角は見当たらなかった。

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武豊もレース後にこう言っている。

「菊花賞へ向け、不安は何も無い。文句をつけるところが無い。」

競馬ファンの夢を、まず一つ叶えようとしていた。




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2005年10月23日

菊花賞〜三冠の意味〜




2005年10月23日の淀は何もかもが異常だった。

入場人員は137,601人、前年比182%。

話題になったオルフェーヴルの菊花賞ですら68,289人。


競馬場の飲食物は午前中で消えた。

普段は無視されている淀駅に特急列車が止まる。


ディープインパクトの単勝は1.0倍。

GTでの1.0倍は遥か昔、40年前のシンザンまで遡る。

10,000円掛けようが、100,000円掛けようが1円も儲からない。

にも関わらず、単勝オッズは元返しのまま本番を迎えようとしていた。

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さすがの武豊も緊張していた。

「負けたら向こう正面から帰ろうと思っていた。」というレース後の言葉もあながち冗談では無いだろう。

珍しくそれまでのレースで勝星が無く、他の騎手も武豊の顔が青かったと語っている。


シックスセンス、ローゼンクロイツ、アドマイヤジャパンといった面々に加え、上がり馬のフサイチアウステルといったメンバーがいたが、最大の敵はディープインパクト自身であった。


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狂気にも近い歓声に包まれ、ゲートインが進む。

ディープインパクトは7番枠からのスタート。

いつに無く完璧なスタートを決める。

しかしそれが仇になった。


前に壁が作れず、激しく口を割って引っ掛かる。

1周目の坂の下りでそれはさらに激しくなる。

ディープインパクトが1周目のゴール板を本当のゴールと勘違いをしたのだ。

武豊が懸命になだめ、インコースに誘導したが、そこでアドマイヤフジと接触する。

スタンド前の大歓声もあり、押さえが効かない。

3,000mという距離で、通常ならばロスは致命的だ。


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1周目のゴール板を過ぎ、何とか折り合いがつく。

前を見ると、アドマイヤジャパンが2番手でピタリと折り合っている。

鞍上は長距離レースの上手さには定評がある横山典弘。

シックスセンスはディープインパクトの真後ろで虎視眈々とその首を狙う。


4コーナ手前ではアドマイヤジャパンとの差は10馬身以上。

淀でこの差は危険だ。

セイウンスカイスペシャルウィークを封じた時、後にはイングランディーレが逃げ切った時、ブエナビスタが前を捉え切れなかった時など、枚挙に暇が無い。


ディープインパクトはいつもより少し遅いタイミングで上がっていき、大外を回り5〜6番手で直線を向く。

アドマイヤジャパンが突き放す。

悲鳴にも似た歓声が場内を包む。


しかし。

ディープインパクトはいつもの通り。

大外から飛んできた。


アドマイヤジャパンを交わすと、アナウンサーが叫んだ。

「世界のホースマンよ見てくれ!これが日本近代競馬の結晶だ」



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史上6頭目の三冠馬。

史上2頭目の無敗の三冠馬。


レース前には、形骸化しつつある三冠を目指すより、凱旋門賞に出走すべきでは?
との声も聞かれた。

確かに世界的に見ても3,000m以上の大レースは減り、スピード重視の傾向が変わることは無いだろう。


しかし、だからこそ、ディープインパクトが菊花賞を目指し、勝ったことに意味がある。

凱旋門賞を目指していたら、淀に13万以上の人が集まることは無かった。

3冠を目指す馬も2度と出てこなかったかも知れない。


変わっていかなければならないものがある。

しかし。

変わってはいけないものも、確かにある。

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レース後、武豊はまだ少し青い顔でこう言った。

「負けられないレースだった。感無量です。」

ディープインパクトと武豊の、1つ目の戦いが終わった。



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2005年12月25日

有馬記念〜敗れるということ〜




第50回有馬記念。

いわゆる「ディープフィーバー」は最高潮を迎えようとしていた。

ファン投票で160,297票を集め、2位には史上最大の差がついた。

入場は完全前売り制。前売り入場券を持っていない人は入ることができなかったのだ。

にも関わらず、入場人員は162,409名。前年比129.6%。


オグリキャップの伝説の有馬記念が177,779名であり、中山競馬場レコード。
それはバブル時代の話であり、競馬人気が絶頂を迎えようとしていた時の話だ。

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3歳馬はディープインパクト1頭。
菊花賞2着のアドマイヤジャパンは古馬と初対戦となったジャパンカップで11着と大敗していた。

相手はこれまでのメンバーとは格が違う。

前年の覇者であり、現役古馬最強のゼンノロブロイ。
GT2勝のタップダンスシチー
海外GT勝ちのあるコスモバルク。
ジャパンカップで世界レコードに鼻差2着のハーツクライ
他にも菊花賞馬デルタブルース、天皇賞馬スズカマンボなど。

ピークを過ぎた馬もいたが、錚々たるメンバーが揃った。

それでも、単勝オッズは1.3倍。

16万人を超えるファンの期待は、余りにも大きかった。

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馬体重はデビュー以来最小の440キロ。

パドックでは少し馬体が萎んで見えた。

最終調整に狂いも生じていた。

木曜に調教をする予定が、雪の影響で急遽水曜に変更になったのだ。


タイムもDWで6F83.1秒。
菊花賞と比べ、2秒以上も遅い。

調教後の武豊のコメントも、どこか慎重だった。

しかし、どんな状況でも「英雄」に負けは許されない。

そんな雰囲気が漂っていた。

━◇◆◇━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━

いつもの有馬記念ともまた違う、異様なスタンドの盛り上がりが最高潮を迎え、ゲートが開いた。

ディープインパクトは五分のスタートを切ったが、すぐに後方へ下げる。

有馬記念もコースを2週する。
菊花賞の二の舞は避けたかったのだろう。

最高方から数えて3〜4頭目の外々を回る。

何とか折り合いがついている感じだ。

ポジション取りで驚かされたのはハーツクライ。

いつもは最高方近くにいる馬が3番手で折り合っている。

何とも不気味だ。

タップダンスシチーは逃げ、ゼンノロブロイは中段とそれぞれベストポジションでレースは進む。


ディープインパクトはいつも通り除々に上がっていき、4コーナーでは5〜6番手の大外。

大観衆が勝利を確信したかにように、ディープインパクトへ声援を送る。

伸びる。

ゼンノロブロイやタップダンスシチーは脱落する。

粘るコスモバルクやリンカーンを何とか交わそうとする。


しかし。

ディープインパクトの脚はいつもと違っていた。

残り200mでほんの僅かに外側に寄れ、先頭に立ったハーツクライとの差が詰まらない。

最後まで懸命に前を追いかけるが、残り半馬身の差が詰まらぬまま、ゴールを迎えた。

場内は悲鳴が巻き起こった後、静寂に包まれた。

━◇◆◇━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━

完敗だった。

あの半馬身は、何メートルあっても詰まらなかっただろう。


体調が万全で無かった。

武豊が慎重になり過ぎた。

敗因はいくつか考えられた。


だが。

競走馬が本当に万全で出走できるレースなどほとんど無い。

ハーツクライも木曜に予定していた調教を水曜に変更している。

武豊はいつも通りのレースをしていた。

日本ナンバーワン騎手は、確かに彼だ。


レースに出走したからには、全ては言い訳に過ぎない。


ディープインパクトはハーツクライの後塵を拝した。



━◇◆◇━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━

武豊はレース後こう言った。

「今日は飛ばなかった。主戦騎手として責任を感じます」

無敗ではなくなったことにより、「ディープフィーバー」は終わった。


これでいなくなるファンならそれでいい。

「英雄」は前を向いた。


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2006年03月19日

阪神大賞典〜無敗から解き放たれ〜




年が明け、ディープインパクトは4歳となった。

年度代表馬に選ばれ、4歳初戦がどこになるかが注目された。

ドバイ国際競走というプランもあったようだが、阪神大賞典から天皇賞(春)のローテーションが決まった。

3歳時と同様に放牧には出されず、栗東トレーニング・センターで調整された。

国内最強を証明し、世界へ―

ディープインパクトの進化が問われる1年が始まろうとしていた。



━◇◆◇━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━

直前の調教では、一杯に追ってラスト1ハロンが13.3秒と、今までには考えられないタイムだった。

新聞には「ディープインパクト不安」の文字が躍った。

無敗の馬が一度敗れると、別馬の様になってしまうことも珍しくない。

3歳時に強かった馬が、古馬になりパッとしなくなってしまうのもよくある話だ。

ナリタブライアンファインモーションジャングルポケット


ディープインパクトは進化したのか、終わったのか。

━◇◆◇━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━

当日の阪神競馬場には、風速8mの強風が吹き荒れていた。

先日の雨の影響でやや重の馬場は、発表以上にタイムが掛かっていた。

初の58キロの斤量も馬体重の軽いディープインパクトにとっては良い材料では無い。

文字通り力が必要となる戦いだ。

相手にはデルタブルース、インティライミといったメンバーに加え、前年オーストラリアのGTで2着の実績があるアイポッパー、上がり馬のトウカイトリックなどが加わった。

単勝オッズは1.1倍。


ファンはディープインパクトを信じていた。

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ゲートが開き、自然なスタートを切り、後方を進む。

前はトウカイトリック、インティライミ、デルタブルースの順に続く。

風の影響からか、各馬がかなり走りづらそうにしている。

ディープインパクトはと言うと、小さな馬体にも関わらず、悠然と馬群を追走している。

3コーナーから少しづつ他馬を交わしていく。


そして迎えた4コーナー。

馬なりのまま一気に先頭に踊り出る。

慎重になっていた前走までとは、明らかに違うレース運びだ。

トウカイトリックの騎手が必死に追っている。

直線を向く。

武豊が少し追うと、その差は開く一方。

残り100mでは手綱を抑える。

強風の影響。力のいる馬場。

皆バテていた。


ディープインパクトを除いて。

今までを上回る、凄みすら感じるレース振り。


ディープインパクトは進化していた。

━◇◆◇━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━

ディープインパクトがゴールを駆け抜けた正にその瞬間。

第1回ワールドベースボールクラシックで、侍ジャパンが世界一に輝いた。


次はオレだ。

ディープインパクトの声が聞こえた気がした。

━◇◆◇━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━

レース後の武豊のコメントはこうだ。

「ヨーロッパの馬場を考えると、やや重で勝ったのは大きいですね」

確かに世界の頂上が見え始めた。






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2006年04月30日

天皇賞(春)〜これ以上強い馬がいるのか〜




単勝オッズ1.1倍。

ディープインパクトの出走するレースではもはや特別なことでは無くなっていた。

長い天皇賞(春)の歴史の中で過去最高の支持率を得た。

シンボリルドルフメジロマックイーンテイエムオペラオー
数多の名馬が出走したが、ディープインパクトほどの支持は受けられなかった。

入場人員は93,944名。

どこまで強くなるのか。

大観衆の目が1頭の馬に注がれていた。

━◇◆◇━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━

メンバーはリンカーン、アイポッパー、ローゼンクロイツ、デルタブルースといったところが主だった。

いずれも過去に負かしたことがある相手。

問題は勝ち負けでは無く、「勝ち方」だった。


馬体重は過去最低となる438キロだったが、有馬記念の時とは違い輝いていた。

負けられない一戦のゲートが開こうとしていた。

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「ディープインパクト出遅れた!」

場内からは悲鳴にも似た声が巻き起こった。

久しぶりの出遅れ。

またもや飛び上がるようにスタートを切ってしまった。


しかし、武豊が落ち着いて最後方から2番手のポジションへと誘導する。

菊花賞の時には引っ掛かった1周目の坂の下りは難なく通過する。

学習能力の高さも名馬の条件の一つだろう。

同じ失敗は繰り返さない。


向こう正面で外に出されたディープインパクトは少しづつポジションを上げていく。

と思ったその瞬間。

2週目の坂の下りで大外を一気にマクっていく。


「淀の坂はゆっくり上がってゆっくる下る」

このセオリーを破った名馬が何頭も馬群に沈んできた。

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これを見たローゼンクロイツに乗る安藤勝己が叫んだ。

「よっしゃ!」

リンカーンに乗る横山典弘もほくそ笑んだ。

騎手の目から見ても、明らかに早すぎる仕掛けで、直線ではバテると思ったのだ。


4コーナーで、ディープインパクトが先頭に立つ。

狙いすました各馬が直線に入り追い詰めようとする。

だが。

差が詰まらない。

それどころか開いていく。

後続が離れ、武豊が手綱を抑えてゴールを迎えた。


化物だ。

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「生まれた時代が悪かった」

2着馬リンカーンの騎手横山典弘はこう言った。


タイムは3:13.4.

従来のレコードを1秒も更新するスーパーレコード。


誰しもが、こんな馬を見たことが無かった。

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武豊がレース後、声高に宣言した。

「世界を見渡しても、これ以上強い馬がいるのか。世界のビッグレースを制したい」

間違いなく日本一の馬だと認めざるを得ないレースぶりだった。

そして、パートナーが初めてハッキリと「世界」を口にした。




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2006年06月25日

宝塚記念〜世界へ向け飛ぶ〜



ファン投票で、89,864票を集め、当然の1位に選出された。

前半期競馬の総決算であるはずの宝塚記念。

しかし、この年の様相は違った。

天皇賞(春)の後、宝塚記念をステップに「凱旋門賞」を目指すと発表されていたからである。


有り触れたフレーズではあるが、世界一のレースへ向け、絶対に負けられない戦いが始まろうとしていた。

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阪神競馬場が改修工事のため、この年の宝塚記念は京都競馬場での開催となった。

天候はあいにくの雨模様。

しかし、陣営は馬場が日本より遥かに重くなるフランスへ向け、良いステップになると考えていた。

発表はやや重だったが、同じ発表の阪神大賞典の時よりさらに力の必要な馬場状態。

58キロを背負い、小柄なディープインパクトには決して楽な条件ではない。

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雨にも関わらず、前年比121.9%の80,382人が駆けつけていた。


相手には、リンカーン、前走シンガポールのGTを制し凱旋帰国のコスモバルクに加え、前年の皐月賞の覇者ダイワメジャー、前年のマイルCSと香港マイルを制したハットトリックなどの初対戦組がいた。

単勝オッズは1.1倍。

天皇賞(春)に続き、レース史上最高の支持率を得ていた。

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ディープインパクトはゆっくりとしたスタートを切ると、最後方から2番手の外めを追走した。

重たい馬場にも関わらず、スムーズに走っている。

バランスオブゲームが逃げ、他の有力馬は皆、馬群の前方を走っている。


ディープインパクトは3コーナへ向けじわっとポジションを上げる。

そして、3コーナーから4コーナーへ掛け一気にポジションを上げると、大観衆が沸いた。


抜群の手応えで大外からマクり、直線を向いた。


コスモバルクやリンカーンは馬場に苦しみ、伸びない。

ダイワメジャーは何とか頑張ったが、ディープインパクトにあっという間に交わされる。

逃げたバランスオブゲームが1頭だけ抜け出す。

一瞬、届くのか?という空気が流れる。


しかし、それは本当に一瞬だった。

重たい馬場を苦にせず、大外から一気にディープインパクトが交わす。

後は1頭だけ良馬場を走っているかの様なストライドで、悠々ゴールした。

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今年に入ってからの2戦とは、また違った競馬での圧勝。

世界へ向け、遮るものはもう何もなかった。

日本競馬史上最強馬が、満を持して世界へ。

「ハリケーンランよ待っていろ! ディープインパクト!」

「日本競馬の至宝!ディープインパクト!」


それぞれのアナウンサーが、ファンの声を代弁していた。

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武豊もレース後、押さえきれない気持ちの高まりを口にした。

「この馬で行かなければ、どの馬で世界へ行くのか」

ディープインパクトの強さを、世界に見せ付ける時が来た。


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2006年10月01日

凱旋門賞(1)〜世界最強馬〜



‐それはサラブレット達のワールドカップ‐

凱旋門賞。

日本競馬の悲願である。


2013年。

武豊騎手はダービーを制し、完全復活を成し遂げた。

日本一で一番栄光を欲しいままにしてきた騎手が言う。

「ディープインパクトの凱旋門賞が未だに夢に出てくる。」


かつて、何ヶ月前もから、あんなにも一つのレースを楽しみにしたことがあっただろうか。

NHKが生中継をし、馬券を売れないJRAがCMを流す。

深夜にも関わらず、視聴率は30%近くまで達する。


日本では根本的に「ギャンブル」であるはずの競馬が、「スポーツ」になった。

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7月10日。

IFHAから、トップ50ワールドリーディングホースが発表された。

ディープインパクトは、1位タイの評価を受けた。

日本馬が初めて、世界最強馬と認められた瞬間だった。



武豊は、メディアに出るたびに。「ディープより強い馬がいるとは思えない」という旨の発言を繰り返した。

オリビエ・ペリエやクリストフ・ルメールなど世界的名手も、「ディープインパクトが一番強い」と語った。

ペリエに至っては、「日本から怪物がやってくる」とヨーロッパの関係者に興奮気味に話したと言う。

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有馬記念でディープインパクトを破ったハーツクライは、ヨーロッパ前半期の総決算キングジョージ6世&クイーンエリザベスSに挑み、少差の3着に敗れた。

そのレースの勝ち馬はハリケーンラン。

ハリケーンランの父モンジューは、1999年の凱旋門賞で日本馬エルコンドルパサーを2着に退けていた。

レーティングはディープインパクトと並び1位タイ。

欧州の名血が、3度日本馬の前に立ちはだかろうとしていた。


レーティング1位タイはもう1頭いた。

アメリカ競馬の祭典、ブリーダーズカップを前年に制したシロッコ。


凱旋門賞は、これにディープインパクトを加えた3頭の戦いと目されていた。

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凱旋門賞の登録馬は8頭だった。

さすがに、レーティング1位の3頭に挑んでくる馬は少なかった。

挑んできた馬の中では、フランスのビッグレース、サンクルー大賞を制した牝馬プライド、凱旋門賞と同コースで行われたGTパリ大賞典を制し、4連勝中の3歳馬レイルリンクといったところが有力とされたいた。


ディープインパクトは前哨戦を使わず、宝塚記念からぶっつけでの本番となった。

ペリエやルメールはこの点を危惧していたが、順調に現地で調整が積まれているという報道がされていた。

いよいよ、その年の世界最強馬を決めるレースのゲートが開こうとしていた。


CMの最後はこう締めくくられていた。

「世界のディープを見逃すな」



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凱旋門賞(2)〜もう一度だけ〜




いよいよ凱旋門賞当日を迎えた。

調教は万全。

単勝は一時1.1倍になった。

大挙して押し寄せた日本人票というのが大方の見方ではあるが、それでも勝つ可能性が一番高いのはディープインパクトだと考えられていたのは間違いないだろう。

パドックにディープインパクトが現れる。

馬体はピカピカだが、日本にいた時より立派に見える。

ヨーロッパ仕様にパワーをつけたのか?

一抹の不安が頭を過ぎる。

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日本時間では月曜日の0時35分。

パブリックビューイングは超満員。

日本中が、といっても過言では無い程多くの人が、ディープインパクトのゲート入りを見守っていた。

ディープインパクトは最後のゲート入り。


日本とは違いファンファーレ等は無く、あっさりとゲートが開く。

ヨーロッパの馬はスタートが遅いこともあり、逃げるのかというほどの攻スタートを切る。

ゆっくり2番手につけ、周りの出方を伺う。

外にはシロッコ。後ろにはハリケーンラン。

閉じ込められるのを嫌ったのか、武豊が少し強引にディープインパクトを外に持ち出す。


リズムが崩れるかに思えたが、何とか落ち着く。

周りの馬全てが、虎視眈々とディープインパクトの首を狙っているかの様だった。

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前にシロッコ、内にハリケーンランを見ながらレースは進んだ。

後ろではレイルリンクとプライドが不気味に控える。

フォルスストレートを向かえ、ディープインパクトがじわっと上がっていく。

ハリケーンランは手応えが良くない。

逆にディープインパクトは絶好の手応えで直線を向く。

拍子抜けする程あっさりとシロッコを交わす。

ハリケーンランは前の馬が壁になり抜け出せない。


「ディープインパクトが先頭に立った!」


アナウンサーの絶叫が聞こえる。

世界の頂が確かに見えたかに思えた。

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しかし。

後ろからレイルリンクが凄い脚でやってくる。

ディープインパクトに並ぶ。

解説の岡部幸雄が叫ぶ。

「大丈夫!大丈夫!」


レイルリンクが前に出るが、ディープインパクトが内から差し返す。


だが。

そこまでだった。

レイルリンクに交わされ、最後の最後で脚を伸ばしたプライドにも交わされた。

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ペースやコース取りを考えると、一番強い競馬をしたのはディープインパクトかも知れない。

世界ランク1位の他2頭には先着した。

レイルリンクは3歳馬、プライドは牝馬ということもあり、ディープインパクトより斤量は軽い。


敗因として考えられる理由はいくつかある、

ディープインパクトを惑わすかのような乱ペース。

立派過ぎた馬体。

いつもと違うポジション取り。

並んだら走るのを止めようとする特徴。

宝塚記念からのぶっつけ本番となったこと。

後からわかる体調不良…


それでも。

ディープインパクトに残るのは、凱旋門賞3着という実績。

日本史上最強馬が、日本史上最高の騎手とのコンビで世界最高峰のレースに挑んだが、破れた。


この事実は変えられない。

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武豊はレース後、搾り出す様にこう言った。

「ギアが上がらなかった。本来の走りでは無かった。

勝ちたかった。


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後に、凱旋門賞の実績は3着から失格へと名前を変えた。


レース数日後、ディープインパクトの体内からイプラトロピウムという禁止薬物が検出されていたというニュースが流れる。

風薬として処方され、それが寝藁にも付着してしまい、寝藁を食べたディープインパクトの体内に残ってしまったという。

穿った見方をしようとすればいくらでも出来る。

仮に真相があったとしても、それが世に出ることはないだろう。


しかし、それはディープインパクト自身とはまた別の話だ。


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2006年11月26日

ジャパンカップ〜全てを振り払い〜



10月11日。

衝撃的なニュースが目に留まる。

「ディープインパクト引退」


今年一杯で引退し、種牡馬になるという記事だった。

組まれたシンジケートは日本馬史上最高額の51億円。


ディープインパクトのレースを見れるのは多くても後2戦となった。

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国内復帰戦にはジャパンカップが選ばれた。

凱旋門賞に限らず、海外遠征からの復帰戦は調整が難しい。

幾多の名馬が敗れ、復帰すらままならなかった馬もいる。

最近では、凱旋門賞で勝つ寸前までいったオルフェーヴルが復帰戦にジャパンカップを走り、2着に敗れている。

凱旋門賞後に薬物による失格が判明した後、ディープインパクト陣営は獣医師に見せることを二度としなかった。

疲労回復の注射等も打たなかった。

「今までの強さはドーピングのお蔭だったのでは?」

という実しやかに囁かれ始めた世間の声を払拭するためだった。

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1週前の追切りはDWコースで77.5−12.5。

デビュー時の様な時計が戻ってきた。

武豊を含む陣営の思いは一致していた。

「絶対に負けられない」

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少頭数ながら、メンバーは揃っていた。

プリンスオブウェールSやブリーダーズカップというGTを勝ち、その年にヨーロッパの年度代表馬にも選ばれる、デットーリ操るウィジャボード。

1つ下の二冠馬メイショウサムソン

そして前年の有馬記念でディープインパクトを破り、ドバイシーマクラシック1着、キングジョージ3着という成績を残してきたハーツクライ

その他にも3歳の強豪ドリームパスポート、GT馬コスモバルク、フサイチパンドラなどがディープインパクトの前に立ちはだかった。

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入場人員は125.7%の12万182人。

単勝オッズは1.3倍。ジャパンカップ最高支持率。

どんな疑惑があろうと、ファンはディープインパクトの潔白を、速さを、そして強さを信じていた。

小雨舞う寒さは、レースを待ちきれない大観衆の熱気にかき消されていた。

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ゲートが開き、ディープインパクトはすぐにポジションを下げる。

久しぶりに最高峰からの競馬となった。

ハーツクライは3番手。有馬記念と同じような位置だ。

それを外側から見るようにメイショウサムソン。

その後ろの内々をじっくりとウィジャボード。

ディープインパクトは静かに、そして確かに飛ぶ準備を整えていた。

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大欅の向こうでレースが動く。

武豊が僅かに仕掛け、ウィジャボードの外に併せる。

そして直線。

ハーツクライは動きが悪い。メイショウサムソンも伸びそうで伸びない。

ウィジャボードの手応えは抜群だが、ディープインパクトが凄い脚で外側から蓋をしたことにより、前が詰まる。

武豊の腕が光った。

馬場の良い内からドリームパスポートが抜けかかかる。


ディープインパクトが武豊の鞭に答えて大外から伸びる。


大歓声に驚きヨレながらも、力強く。

この瞬間、熱いものが込み上げてきたのは私だけではないだろう。


ウィジャボードも懸命に追い込んできたが、時すでに遅し。


ファンの、関係者の、武豊の想いに、ディープインパクトは満点の走りで応えた。

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レース後、世界ナンバーワンジョッキーのデットーリはこう言った。

「私の馬は確かに世界一の牝馬だった。

だが、勝った馬は世界一の牡馬だった。」



武豊は、後1戦で引退が決まっている愛馬に向け寂しそうに言った。

「もっと乗りたい。」





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2006年12月24日

有馬記念〜Deep Impact〜



ディープインパクトラストランとなった有馬記念。

当然の様にファン投票でも1位の支持を受けた。

入場制限が掛かるという噂も出回った。

そのためか、入場人員は117,251人と前年を大幅に下回った。

単勝オッズは1.2倍。70%を越える単勝支持率は史上第2位だった。

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ジャパンカップに続き、メンバーは揃っていた。

毎日王冠、天皇賞(秋)、マイルCSと3連勝中のダイワメジャー

オーストラリアのGTでハナ差の1、2着だったデルタブルース、ポップロック。

宝塚記念馬である女傑スイープトウショウ

ジャパンカップ2着のドリームパスポート。

二冠馬メイショウサムソン

グランプリに相応しい面々だ。


当日の6レースでは、ディープインパクトの弟であるニュービギニングが強烈な追い込みで勝利し、スタンドを多いに盛り上げた。

ディープインパクトのラストランまで、2時間を切った。

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パドック、本場場入場、ゲート前、いずれもディープインパクトは落ち着いていた。

ここに来てようやく、馬が完成されたかの様だった。

ゲートインの際にスイープトウショウが暴れるのにも動じず、ゆっくりとゲートに入っていった。

静かに、静かにゲートが開くのを待っていた。

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ゲートが開き、ゆっくりとしたスタートを切ったディープインパクトは、最高後から数えて3番手にポジションを取る。

ダービーで2着に逃げ粘ったアドマイヤメインが早いペースで逃げる。

ダイワメジャーが2番手、ポップロック、メイショウサムソンと続く。

ドリームパスポートは7番手辺りにつけ、スイープトウショウはディープインパクトをマークするようにしてレースは進む。


3コーナーから抜群の手応えで進出したディープインパクトに、スイープトウショウは付いていけない。

そして4コーナー。

武豊の手が動く。

ディープインパクトは馬群の一番外を回っているにも関わらず、他馬が止まって見える。

直線に向き、一気に先頭に立つ。

他の有力馬は置き去りにされ、勝利を確信した武豊が手綱を抑えると、ようやく少しだけ差を詰めた。

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今までも散々インパクトのあるレースを見せられた。

しかし、これまでのどのレースよりも強烈な速さだった。

全てが完璧だった。

引退してしまうのが本当に惜しまれると、誰しもが思った。

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鳴り止まない拍手。

ディープコール。

5万人がディープインパクトの引退式を見守った。

ありがとう。

でも、お前にはもっともっと夢を見た。

子供に託すにはまだ早すぎる。

お前が、本当に世界一になるのを見たいんだ。

もう叶わないけれど。

できることならもう一度、あの舞台で1着で駆け抜けるお前を…

これからどんな馬が現れようと。

ディープ。

お前が最強馬だ。

━◇◆◇━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━

武豊はレース後こう言った。

「今でもディープが世界で一番強いと思っています。」


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