単勝オッズ1.1倍。
ディープインパクトの出走するレースではもはや特別なことでは無くなっていた。
長い天皇賞(春)の歴史の中で過去最高の支持率を得た。
シンボリルドルフ、メジロマックイーン
数多の名馬が出走したが、ディープインパクトほどの支持は受けられなかった。
入場人員は93,944名。
どこまで強くなるのか。
大観衆の目が1頭の馬に注がれていた。
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メンバーはリンカーン、アイポッパー、ローゼンクロイツ、デルタブルースといったところが主だった。
いずれも過去に負かしたことがある相手。
問題は勝ち負けでは無く、「勝ち方」だった。
馬体重は過去最低となる438キロだったが、有馬記念の時とは違い輝いていた。
負けられない一戦のゲートが開こうとしていた。
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「ディープインパクト出遅れた!」
場内からは悲鳴にも似た声が巻き起こった。
久しぶりの出遅れ。
またもや飛び上がるようにスタートを切ってしまった。
しかし、武豊が落ち着いて最後方から2番手のポジションへと誘導する。
菊花賞の時には引っ掛かった1周目の坂の下りは難なく通過する。
学習能力の高さも名馬の条件の一つだろう。
同じ失敗は繰り返さない。
向こう正面で外に出されたディープインパクトは少しづつポジションを上げていく。
と思ったその瞬間。
2週目の坂の下りで大外を一気にマクっていく。
「淀の坂はゆっくり上がってゆっくる下る」
このセオリーを破った名馬が何頭も馬群に沈んできた。
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これを見たローゼンクロイツに乗る安藤勝己が叫んだ。
「よっしゃ!」
リンカーンに乗る横山典弘もほくそ笑んだ。
騎手の目から見ても、明らかに早すぎる仕掛けで、直線ではバテると思ったのだ。
4コーナーで、ディープインパクトが先頭に立つ。
狙いすました各馬が直線に入り追い詰めようとする。
だが。
差が詰まらない。
それどころか開いていく。
後続が離れ、武豊が手綱を抑えてゴールを迎えた。
化物だ。
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「生まれた時代が悪かった」
2着馬リンカーンの騎手横山典弘はこう言った。
タイムは3:13.4.
従来のレコードを1秒も更新するスーパーレコード。
誰しもが、こんな馬を見たことが無かった。
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武豊がレース後、声高に宣言した。
「世界を見渡しても、これ以上強い馬がいるのか。世界のビッグレースを制したい」
間違いなく日本一の馬だと認めざるを得ないレースぶりだった。
そして、パートナーが初めてハッキリと「世界」を口にした。