第50回有馬記念。
いわゆる「ディープフィーバー」は最高潮を迎えようとしていた。
ファン投票で160,297票を集め、2位には史上最大の差がついた。
入場は完全前売り制。前売り入場券を持っていない人は入ることができなかったのだ。
にも関わらず、入場人員は162,409名。前年比129.6%。
オグリキャップ
それはバブル時代の話であり、競馬人気が絶頂を迎えようとしていた時の話だ。
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3歳馬はディープインパクト1頭。
菊花賞2着のアドマイヤジャパンは古馬と初対戦となったジャパンカップで11着と大敗していた。
相手はこれまでのメンバーとは格が違う。
前年の覇者であり、現役古馬最強のゼンノロブロイ。
GT2勝のタップダンスシチー
海外GT勝ちのあるコスモバルク。
ジャパンカップで世界レコードに鼻差2着のハーツクライ
他にも菊花賞馬デルタブルース、天皇賞馬スズカマンボなど。
ピークを過ぎた馬もいたが、錚々たるメンバーが揃った。
それでも、単勝オッズは1.3倍。
16万人を超えるファンの期待は、余りにも大きかった。
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馬体重はデビュー以来最小の440キロ。
パドックでは少し馬体が萎んで見えた。
最終調整に狂いも生じていた。
木曜に調教をする予定が、雪の影響で急遽水曜に変更になったのだ。
タイムもDWで6F83.1秒。
菊花賞と比べ、2秒以上も遅い。
調教後の武豊のコメントも、どこか慎重だった。
しかし、どんな状況でも「英雄」に負けは許されない。
そんな雰囲気が漂っていた。
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いつもの有馬記念ともまた違う、異様なスタンドの盛り上がりが最高潮を迎え、ゲートが開いた。
ディープインパクトは五分のスタートを切ったが、すぐに後方へ下げる。
有馬記念もコースを2週する。
菊花賞の二の舞は避けたかったのだろう。
最高方から数えて3〜4頭目の外々を回る。
何とか折り合いがついている感じだ。
ポジション取りで驚かされたのはハーツクライ。
いつもは最高方近くにいる馬が3番手で折り合っている。
何とも不気味だ。
タップダンスシチーは逃げ、ゼンノロブロイは中段とそれぞれベストポジションでレースは進む。
ディープインパクトはいつも通り除々に上がっていき、4コーナーでは5〜6番手の大外。
大観衆が勝利を確信したかにように、ディープインパクトへ声援を送る。
伸びる。
ゼンノロブロイやタップダンスシチーは脱落する。
粘るコスモバルクやリンカーンを何とか交わそうとする。
しかし。
ディープインパクトの脚はいつもと違っていた。
残り200mでほんの僅かに外側に寄れ、先頭に立ったハーツクライとの差が詰まらない。
最後まで懸命に前を追いかけるが、残り半馬身の差が詰まらぬまま、ゴールを迎えた。
場内は悲鳴が巻き起こった後、静寂に包まれた。
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完敗だった。
あの半馬身は、何メートルあっても詰まらなかっただろう。
体調が万全で無かった。
武豊が慎重になり過ぎた。
敗因はいくつか考えられた。
だが。
競走馬が本当に万全で出走できるレースなどほとんど無い。
ハーツクライも木曜に予定していた調教を水曜に変更している。
武豊はいつも通りのレースをしていた。
日本ナンバーワン騎手は、確かに彼だ。
レースに出走したからには、全ては言い訳に過ぎない。
ディープインパクトはハーツクライの後塵を拝した。
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武豊はレース後こう言った。
「今日は飛ばなかった。主戦騎手として責任を感じます」
無敗ではなくなったことにより、「ディープフィーバー」は終わった。
これでいなくなるファンならそれでいい。
「英雄」は前を向いた。