3歳の夏。
通常であれば、皐月賞、ダービーを戦った馬は秋に備えて放牧へ出される。
しかし、ディープインパクトは札幌競馬場で調教を積んだ。
目的は、3,000mの菊花賞へ向け、馬の後ろで「我慢」をさせること。
最強馬が、さらなる進化を遂げようとしていた。
しかし、ここで誤算が生じる。
我慢することを覚えさせた結果、ディープインパクトは直線でも他馬をなかなか抜かないようになってしまったのだ。
池江敏行調教助手は、神戸新聞杯は「惨敗も覚悟していた」と後に語っている。
1.1倍の単勝オッズとは裏腹に、実はこのレース、不安要素が満載だったのだ。
思えばあのナリタブライアン
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相手には、シックスセンス、アドマイヤジャパン、ローゼンクロイツといった春のメンバーに加え、骨折前はディープインパクト最大のライバルとされていたストーミーカフェが復活してきた。
ゲートが開いた。
ディープインパクトはまたも飛び上がるようにゲートを出て、ダッシュがつかない。
後方2番手でレースを進める。
ストーミーカフェが逃げ、1,000mを59.1秒の平均ペースで通過する。
馬群は縦長に伸びた。後方にいる馬にとっては好ましくない形だ。
ディープインパクトは残り800mからじわっと上がっていく。
残り600mのハロン棒を通過すると、一気に仕掛ける。
コーナーで一番外を回っているにも関わらず、インコースにいる馬が全く付いていけない。
直線入り口では既に2番手。
武豊が手綱を少し動かす。
先頭に立つ。
必死に食らい付こうとする後続馬を尻目に、手綱を抑えられたディープインパクトは余裕綽々でゴール板を駆け抜けた。
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陣営の心配は全くの杞憂に終わった。
夏をゆっくり過ごした馬達との差はさらに開いていた。
この馬はどこまで強くなるのか。
スタンドのざわめきは、収まらなかった。
21年振りの無敗の三冠へ向けて。
死角は見当たらなかった。
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武豊もレース後にこう言っている。
「菊花賞へ向け、不安は何も無い。文句をつけるところが無い。」
競馬ファンの夢を、まず一つ叶えようとしていた。