日本ダービー。
全ホースマンが憧れるレース。
なぜダービーは特別なのだろうか?
売上で言えば有馬記念には敵わない。
最強馬を決めるのは天皇賞(秋)やJCだろう。
歴代の勝ち馬を見ても、皐月賞や菊花賞とそれほど差があるとも思えない。
何よりもスピードが求められる現代競馬において、2,400mという舞台設定も微妙かもしれない。
しかし。
それでも。
ホースマンは言う。
「ダービーを勝ちたい」と。
それはまるで甲子園の様だ。
松坂大輔が一番光っていた夏の様に。
松井秀喜の伝説が始まった夏の様に。
競走馬が一番輝く瞬間。
第72回日本ダービーのゲートが開こうとしていた。
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パドックでは、入れ込んで見えた。
尻っ跳ねを繰り返していた。
単勝オッズは1.1倍。
ハイセイコーが持っていた単勝支持率を塗り替えた。
つまり、歴代の日本ダービー出走馬の中で、勝つ確立が最も高いと信じられたということだ。
入場人員は140,143人。前年比114.8%
ディープインパクト人気は、最高潮に達しようとしていた。
日本一のアイドルが来場し、さらなる大歓声が巻き起こる。
場内は異常とも言える熱気に包まれていた。
そんな中。
ディープインパクトは寝ようとしていた。
武豊が必死に起こす。
本物というのは、どこまでも規格外なのだ。
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18頭が収まり、ゲートが開く。
ディープインパクトはジャンプするような形で飛び出し、出遅れる。
しかし、後方からの競馬は慣れたもので、後ろから3番手でレースを進める。
皐月賞のメンバーに、前哨戦である京都新聞杯を圧勝してきたインティライミが加わった。
そのインティライミは先頭から3番手の位置にいた。
内に潜り込んだディープインパクトは、3〜4コーナにある大欅の向こうでいつの間にか外に出る。
この辺りはさすが武豊といったところか。
4コーナーを回るところで、外から上がってくると、さらに割れんばかりの大歓声が巻き起こる。
内からコースロスを最小限にしたインティライミが抜け出した。
ディープインパクトは、直線に向きさらに大外に持ち出される。
すると、このレースが特別なものだとわかっているかの様に。
今までのどのレースよりも、鋭く伸びた。
馬群をあっという間に交わし、唯一抵抗していたインティライミも交わす。
後は独壇場だった。
1頭だけ桁違いの脚で、後続を遥かに引き離し、最高速のままゴールへ飛び込んだ。
後続とは5馬身差。タイムは2:23.3。日本ダービータイレコード。
前年のキングカメハメハも同タイムだったが、それは異常な高速馬場に加え、一杯一杯走った結果によるものだった。
このレースだけでなく、歴代の日本ダービーと比べても、ディープインパクトのレースっぷりは桁違いだった。
―日本歴代最強馬―
関係者もファンも、そう思い始めていた。
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武豊はこう言った。
「感動しています。この馬の強さに。」
浪花節なんかでは無く、ただただその絶対的な強さで人に感動を与える。
ディープインパクトとはそういう馬だった。